「もしタイムマシンがあったら過去に行きたい」は面白くないという話

もしタイムマシンがあったらエッセイ
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当記事はメインブログで2016年に書いた記事ですがブログカテゴリーに沿わない記事だったためサブブログへと転載しました。

 

「もしタイムマシンがあったら未来に行く?過去に行く?」

なんてありがちな質問を耳にしたことが誰しもあると思います。両方というのは無しとしてどっちを見に行きたいですか?

僕は断然『未来』を見に行きたいと思っています。

 

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なぜか過去を見たい人の方が多いらしい

過去を見に行きたいと言う人の割合が多く、過去の自分や若い頃の両親に会いたいとか、過去の偉人に会いたいとか多いと聞きます。

果たして過去を見ることに意味はあるのか。

そもそも過去のことはなんとなくでも “流れ” はわかっていますよね。歴史には何かしらの記録が残っています。世界史だとか日本史だとか僕ですら小さい頃から学校の授業で教わっていました。

恐竜時代などはひとつの男のロマンですが骨格が分かっているだけすでに夢のない話。毛があったかどうかなんでどうでもいい。ジュラシックワールドでお腹いっぱいです。逆に言えばインドミナスレックスが実在しないという事実により恐竜の魅力を下がってしまう。

過去の文明だって全てにおいて現代の “劣化版” でしかない。知れてる。謎多き古代文明とかも実際に見たとしてもしょうがない。『謎のベールに包まれた状態』がロマンであって、詳しく解析されたら「なんだ…」で終わってしまう。

残された記録から想像・仮説を考えるのが楽しいのだと思う。

過去を楽しむには知りすぎない方がロマンがあるのです。

だから過去の真実なんて見に行っても絶対に面白いものではない。

 

未来のネタバレは見たくない?

「未来のことは先に見てしまったらつまらない。」

過去派の人はおそらくこう思っているはず。ネタバレは見ずに“今”を見ながら生きていきたいということだろう。

それは私も理解できる。でもなんというか、別にそんな近い未来の話じゃないんです。「未来を見れる」からといって自分の将来を見る必要ってないんわけですよ。

私は自分の目で見ることのできないもっと先の未来が見たい。

 

想像もできない未来の魅力

例えば、31歳の僕はどう頑張っても100年後の世界には生きていない。たった100年後の世界ですら僕にとってはどう足掻いても知る術のない未来の世界。生きていないんだからネタバレも糞もない。だから見たいのです。それだけ。

しいて言えばそんな数百年とかいう規模じゃなくて何千万年とか何億年とかそういうレベルの未来を見たい。「まだ人類が地球を支配しているのか」とか「そもそも人類はまだいるのか」「地球はまだ残ってるのか」とかそういう規模。

記録の残っている過去と違ってなんの情報もない世界。想像するにも無限大の可能性がある。

完全なる未知。究極のロマンじゃないですか?

 

 

【おまけ】時間軸の概念は大きく分けて2種類

私の知る時間軸の概念は2種類あります。

  • 『未来は枝分かれしていくつも存在する』というドラゴンボール的なパターン。
  • 『時間軸は一本だけのパターン』というバックトゥザフューチャー的なパターン。

ドラゴンボール的な時間軸の概念では『悟空の死んだ未来』もあれば『悟空の死ななかった未来』もあるわけです。今も『僕がこの記事を書いた未来』があれば『この記事を書かなかった未来』もあります。

という風に未来が常に枝分かれして未来が増えているという時間軸の概念です。

一方バックトゥザフューチャー的な時間軸の概念では、過去を変えてしまうと現代や未来にも影響が出てしまうという一本道の時間軸です。作中では主人公マーティが過去へ行き結婚前の両親に接触してしまい、二人の関係が離れるにつれて二人の子供であるマーティの体(存在)が薄れてしまう。そのまま生まれるきっかけを無くしてしまうとマーティも存在が消えてしまうという話です。

作品として見ていて楽しいのは「一本道」のパターンだと思う。

歴史が変わってしまうというスリルが面白い。

みなさんはどちらの時間軸が好きでしょうか。

 

 

過去に行った瞬間に自分が消えてしまう

もしも過去に行ったらその瞬間に自分が消滅する可能性がある。

これは『タイムパラドックス』と呼ばれている現象です。過去で歴史の改変をしてしまうと現代や未来に矛盾が生じてしまう場合がある。

ほんの僅かなキッカケでも何十年、何百年とかけて大きな変化に繋がる。そして自分が生まれるはずのキッカケも無くなった瞬間に自分は矛盾した存在となり消滅するという。

過去に行くって怖いですよね。

 

ロング・ラブレター漂流教室の話

私が高2くらいの頃にテレビで観たドラマの話です。

窪塚洋介主演のドラマで、地震だったか何かの影響である高校のグラウンドや校舎がそのまま土地ごと未来にタイムスリップしてしまう。そこは何百年も先の未来で人類は戦争で滅んでいて学校以外には人も何もない砂漠の世界が広がり、学校と一緒にタイムスリップしてきた生徒と教師の十数人でなんとか生きていくというストーリー。

ロング・ラブレター漂流教室 – Wikipedia

今思うと出演者がすっごい豪華だな。主題歌も贅沢に山下達郎。

未来では文明も人類も滅んでいるので限られた水や食料でどうするか、そこが未来であることにも気づいてどうやったら過去に戻れるか、など話が進む中で落雷の力を利用して過去に物を転送する装置を女子高生が発明する。

メガネっ娘の女子高生。スカートの下にジャージ履いてたのがよく覚えてる。天才すぎだろ。

その小さい装置には手紙を入れて飛ばすくらいしかできず、もちろん飛ばす時代も操作できない。過去に飛ばすもどこかの時代にたどり着く前に燃え尽きてしまうかもしれないというもの。その時点で生き残った教師と生徒達は手紙を書いて過去に飛ばします。

装置は転送されるがどこかの時代に辿り着く前に燃え尽きてゆく…。そして運良く小さな紙切れとなったものがパラパラと過去の自分たちの世界(第1話のシーン)に舞い落ちる。

 

 

 

ネタバレ注意(ドラマ最終回エンディング後のラストシーンの話です。)

 

 

 

パラパラと舞い落ちる紙切れに注意をひかれる過去の主人公。

その動作1つで過去が少しずつ改変してゆく。

その後…

砂漠化していた世界が一瞬で緑の自然に囲まれた世界に変化してドラマは終わります。手紙でもない紙切れだけでも少しずつ過去が改変されて未来が変わる。

ほんの小さなきっかけでの未来は大きく変えることができるというメッセージでしょうか。

 

と書いたところでYoutubeにエンディング動画があったので置いときます。

 

 

いやー、久しぶりに映像を見たがなんというか…

 

グラウンドちっさくね?

 

都会の学校ってこんなもんなの?

 

てことは置いといて僕の思ってる「時間軸」はこんな感じ。過去に影響与えると未来も変わってしまうという。だから過去に行くことは自分も消滅しかねないのきっと。

『過去へ行く』って怖いことなんですよね。

 

 

まとめ:たまに無駄な妄想が捗る

なんか適当に書きだしたら真剣に考えてしまいました。誰でもこういう妄想しますよね?皆さんは過去と未来のどちら派でしたか?

まあ、タイムスリップなんてできるわけないんですけどね。

タイムマシンというよりも「時間を巻き戻してやり直したい」という事はたくさんありますが(笑)

まとめるとタイムスリップ怖い。

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